適切な自己主張でハラスメントを遠ざける:アサーティブコミュニケーションの実践ガイド

あなたは、自分の意見をなかなか言えずに、後で後悔した経験はありませんか?あるいは、自分の意見を主張しようとしたら、つい攻撃的になってしまい、人間関係をこじらせてしまったことは?

「相手に気を使ってばかりで疲れる」「言いたいことが言えずストレスが溜まる」「どうせ言っても無駄だと思ってしまう」――。こうした悩みは、ハラスメントがはびこる現代社会において、多くの人が抱えているコミュニケーションの課題です。

私たちはこれまで、数多くのハラスメント事案に立ち向かい、その中で、「適切な自己主張の欠如」が、被害者にも加害者にもなりうるリスクを高めることを痛感してきました。言いたいことを言えないことでストレスが蓄積し、結果的に不適切な形で感情が爆発したり、逆に相手に不満を伝えることができず、不満の捌け口としてハラスメントに繋がるケースも少なくありません。

そこで今回、皆さまにご紹介するのは、自分も相手も尊重しながら、率直に自分の意見や感情を伝えるための強力なスキル、「アサーティブコミュニケーション」です。この手法を身につければ、不必要な衝突を避けつつ、健全な人間関係を築き、ハラスメントのない環境を自ら作っていくことができるでしょう。

さあ、この実践ガイドを読み進めてみてください。きっと、あなたのコミュニケーションに確かな自信と、新たな変化が訪れるはずです。


目次

アサーティブコミュニケーションとは? 「自分も相手も尊重する」自己表現の技術

アサーティブコミュニケーション(Assertive Communication)は、「自分自身の権利や欲求、意見、感情を、相手のそれを尊重しながら、率直かつ正直に、そして適切に表現する」コミュニケーションスタイルです。1950年代にアメリカで提唱され、以降、人間関係の改善やストレス軽減のための重要なスキルとして広まりました。

アサーティブネスは、以下の3つのコミュニケーションスタイルとは一線を画します。

  • 非主張的(Non-assertive):自分の意見や感情を表現せず、相手に合わせすぎるスタイル。「言いたいことが言えない」「我慢する」ことが多く、ストレスが溜まりやすい。
  • 攻撃的(Aggressive):自分の意見や感情を、相手の気持ちを顧みずに一方的に押し付けるスタイル。「相手を言い負かす」「威圧する」ことが多く、人間関係を破壊しやすい。
  • アサーティブ(Assertive):自分も相手も大切にする、健全な自己表現のスタイル。率直でありながら、敬意を払うことを忘れない。

アサーティブコミュニケーションの目的は、常に自分の意見を主張し続けることではありません。状況に応じて、自分の意見を明確に伝えたり、相手の意見に耳を傾けたりする柔軟性も持ち合わせています。


なぜ今、アサーティブコミュニケーションが重要なのか? ハラスメント対策の土台として

現代社会において、ハラスメント問題は根深く、その背景には、コミュニケーションの不均衡や歪みがあることが少なくありません。アサーティブコミュニケーションは、ハラスメントを未然に防ぎ、健全な人間関係を築く上で、極めて重要な土台となります。

アサーティブコミュニケーションを学ぶメリット

  • ハラスメントの予防: 自分の意見や拒否の意思を明確に伝えることで、不当な要求やハラスメントから身を守る。また、相手への不満を適切に伝えることで、怒りの蓄積や不適切な表現を防ぐ。
  • 相互理解の深化: 自分の真意が相手に伝わりやすくなり、相手も安心して意見を表明できる環境が生まれる。
  • 自己肯定感の向上: 自分の気持ちを大切にできることで、自信がつき、ストレスが軽減される。
  • 対人関係の改善: 不要な衝突を避け、健全な信頼関係を築き、生産的な協力関係を促進する。
  • 問題解決能力の向上: 率直な意見交換により、問題の本質に迫り、建設的な解決策を導き出す。

いじめカウンセラーとしての経験から言えるのは、いじめの被害に遭いやすい子どもの中には、自分の意見を表明することにためらいを感じる子が多くいるということです。アサーティブコミュニケーションは、子どもたちが自身の権利を認識し、いじめの芽を摘むための大切なスキルとなります。

また、相手の感情に配慮しつつ対話を進めるには、以前解説した「非暴力コミュニケーション(NVC)」の考え方が非常に役立ちます。そして、感情的になりやすい方は、「アンガーマネジメント」で怒りの感情をコントロールする方法を学ぶことも、アサーティブなコミュニケーションには不可欠です。これらのスキルは、互いに補完し合う関係にあります。


アサーティブコミュニケーションを実践するための具体的なマニュアル:明日から始める5つのステップ

ここからは、アサーティブコミュニケーションを実践するための具体的なステップを解説します。

ステップ1:DESC法を理解する

アサーティブな主張をするための効果的なフレームワークとして、「DESC法(デスク法)」があります。これは以下の頭文字をとったものです。

  • D:Describe(描写する):客観的な事実や状況を、評価や非難を加えずに描写する。
  • E:Express(表現する):その事実に対する自分の感情や意見を「私(I)メッセージ」で表現する。
  • S:Suggest(提案する):相手に、具体的な解決策や望む行動を提案する。
  • C:Choose(選択する):相手が提案を受け入れない場合の、自分自身の行動や代替案を示す(建設的な関係を壊さないための選択肢を提示する)。

このDESC法を念頭に置くことで、感情的にならず、論理的かつ尊重的に自分の主張を伝えることができます。

ステップ2:非主張的・攻撃的・アサーティブの違いを意識する

日常のコミュニケーションにおいて、自分がどのスタイルに陥りやすいかを意識することから始めましょう。

  • 非主張的例:「本当は引き受けたくないけど、嫌われたくないから黙ってOKしてしまう。」
  • 攻撃的例:「なんでいつもそうなんだ!迷惑だ!」
  • アサーティブ例:「〇〇さんの件、私では今手が回らないので、△△さんにお願いしてもらえませんか?もし難しければ、期限を少し伸ばしていただけると助かります。」

まずは、自分のコミュニケーションを客観的に観察し、アサーティブな表現を練習する習慣をつけましょう。

ステップ3:「私(I)メッセージ」を使う練習をする

自分の感情や意見を伝える際に、相手を主語にした「あなた(You)メッセージ」(例:「あなたはいつも〇〇だ」)を使うと、相手は非難されたと感じ、反発しやすくなります。代わりに「私(I)メッセージ」を使うことで、自分の感情や視点を伝えつつ、相手を責めることなく話を進められます。

  • 実践例:
    • NG(Youメッセージ):「あなたは会議でいつも発言しないから、話が進まない。」
    • OK(Iメッセージ):「会議で〇〇さんの意見が聞けないと、私は少し困ってしまいます。」
    • NG(Youメッセージ):「なんでこんなに遅刻するんだ!」
    • OK(Iメッセージ):「あなたが遅刻すると、私は不安になります。」

ステップ4:ノー(No)を適切に伝える練習をする

「ノー」と言うことは、自分の権利を尊重する上で非常に重要です。しかし、相手を傷つけたくないという気持ちから、なかなか言えない人も多いでしょう。

  • 実践方法:
    • まず感謝や共感を示す: 「お声がけいただきありがとうございます」「お気持ちはよくわかります」
    • 理由を簡潔に述べる: 「ただ、今抱えている仕事が優先なので」「その日は先約がありまして」
    • 代替案を提示する(可能であれば): 「もし〇〇でしたらお手伝いできますが」「△△さんでしたら対応できるかもしれません」
    • 「ノー」という言葉を明確に使う: 曖昧な表現を避ける。
    • (例:「大変申し訳ありませんが、今回はお引き受けできません」)

ステップ5:ボディランゲージと声のトーンを意識する

言葉だけでなく、非言語コミュニケーションもアサーティブな主張には不可欠です。

  • 視線: 相手の目を見て話す(威圧的ではなく、穏やかに)。
  • 表情: 穏やかで真剣な表情を心がける。
  • 姿勢: 背筋を伸ばし、自信のある姿勢をとる。
  • 声のトーン: 落ち着いて、はっきりと、聞き取りやすい声のトーンで話す。高すぎたり低すぎたり、早口になったりしないように注意する。

まとめ:アサーティブネスで、自分らしい豊かな人間関係を

適切な自己主張(アサーティブコミュニケーション)は、ハラスメントのない健全な関係性を築く上で、まさに必須のスキルです。それは、自分を犠牲にすることなく、また相手を傷つけることもなく、お互いを尊重しながら対話を進めることを可能にします。

この記事でご紹介したDESC法や「私(I)メッセージ」の活用、そして「ノー」の伝え方といった具体的な実践方法は、今日からでもあなたのコミュニケーションを変える力を持っています。もちろん、すぐに完璧にできるわけではありませんが、日々の生活の中で意識的に実践し続けることで、きっとあなたのコミュニケーションは大きく変化し、より自信を持って人と関われるようになるでしょう。

自分らしく、そして周りの人々とも心から繋がり合える豊かな人間関係を築くために、今日から「アサーティブコミュニケーション」をあなたの日常に取り入れてみませんか?


この記事の著者情報
著者
  • 1980年 奈良県生まれ、神奈川県在住。
  • 7社中6社で退職代行を利用して退職。
  • バイト含め、20数社の退職経験。
  • ブラック企業で職場いじめを経験。
  • パワハラ、モラハラで精神崩壊した。
  • のべ3年半の休職経験あり。
  • 現在は「ハラスメント研究家・いじめカウンセラー」及び「人材開発専門家」として複数の企業でHRBPも務める。

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